そのエステでは、まず身体を徹底的に温めます。
施術用ベッドに置いた首だけ出せるかまぼこ型のサウナ遠赤外線のサウナに入り、20分大量に汗をかきます。
当時私は冷え性でしたし、全身に血が巡る状態になるだけでも代謝が上がり自然と肌も潤うようになり、これだけでも満足でした。体力がかなり落ちていましたので、ジョギングやエアロビもすぐにバテるので、強制的に汗をかく状況はありがたいものだったのです。
その後は温まった体をキープしながらマイナスイオンの布団にくるまれて、低周波マシンでこれまた強制的に全身の筋肉運動。
マイナスイオンの電流はまったく自覚はなく心地よく暖かいだけなのですが、やはり血流を助けるらしく、どよんとした疲れがひいてしまうのです。
イオンが30分、低周波マシンが20分。これが終わるころには疲労し当時は少し立ちくらみするくらいでした。
鉄不足の症状ですね。でも鉄を積極的に摂ったわけではないのに、いつの間にか改善していました。後述しますが、サプリ、食事指導の賜物ではなかったかと思います。
その後はひたすらリンパ流しと呼ばれる地獄のマッサージ。
痩せて健康体になるとそれほど痛くはないのですが、凝り固まった体の私は悲鳴の連続。
エステティシャンもおもしろがって手加減はしません(笑)
たまにファンゴといって香りのよい泥ハーブで低周波から逃げていましたが、やはり筋肉運動は効果大でしたね。痛いので必死に深呼吸するのですが、酸素の取り込みという意味では功を奏していたのだとのちに気づきました。
とにかく、この「汗かき」が解毒を推進してくれたのだと思います。
それまで体を動かさずろくに汗をかかなかった体は、水銀やら化学物質やらが蓄積して、あれほどの不調につながっていたのでしょう。
しかも有害物質は脂肪細胞に蓄積しているらしいのです。
痩せるということは解毒も同時に行っているのですね。
サプリメントも自社開発していて、アミノ酸を主成分のしたドリンクや核酸やビタミンB群のタブレットもよく飲んでいました。
ドリンクは1本定価で1,500円程度して勧められるままには飲めませんでしたが、効率よくタン白質を補充でき、貧血改善にも一役買っていたのでしょう。貧血というと鉄、鉄、と言いますが、タン白質がなくては赤血球はつくれません。また、核酸といって細胞の生まれ変わりに必要な栄養素のサプリにはビタミンB群が入っており、脂肪燃焼する体にする目的でしたが、結果的にエネルギーの産生ができる体になっていくのですね。
また、食事指導もかなり厳しかったですね。
最近はかなり個人の意思を尊重してくれますが、当時は叱咤激励するのがよしとされていたようで、ヤンキー上りのような年下のおネエちゃんに怒られるわけですよ(笑)。怒られるのはまっぴらだったので、「高たん白・低糖質」、「小麦粉・牛乳禁止令」を実践していました。
実はこの「高たん白・低糖質」が脂肪を燃焼できる体にするためにケトン体を作り出すのですが、それがどうやら妊娠するには優位な栄養素だったということを最近知ることになります。 詳しくは『卵子の老化に負けない 妊娠体質に変わる栄養セラピー』という本をお読みになってください。
そして、「小麦粉はお腹周りに脂肪がつくから」、「牛乳は体を固くするから」、というなんとも微妙な理由で禁止されていて、それを従順にも守っていたわけですが、これは今でいう、グルテンフリー・カゼインフリーです。
つまりは、腸粘膜の保護・強化をしてくれていたのですね。
多くの日本人はリーキーガット症候群といって、腸の上皮が荒れ小さな穴が開いており、そこから未消化のタン白質が血液に入り込みアレルギー症状の原因となります。そして多くの日本人は乳糖不耐症ですね。実際、私も牛乳を飲まないほうが調子が良くなります。日本は牛乳信仰が厚いですが、無理に飲むものではありません。牛乳以外でもカルシウムは取れますし、ミネラルバランスも良くないですし、そもそも牛乳は牛の赤ちゃんのものですからね。
・・・この話をすると長くなりますので、この辺にしておきます。
とにかく、知らぬ間に腸内改善も行っていたのです。
いまだにそのエステにたまに行っていますが、あるときテロメアの絵が貼られていました。
こんな感じのものです。
(https://style.nikkei.com/article/DGXKZO17445410Y7A600C1NZBP01?channel=DF140920160919より画像を拝借)
よく分子栄養学の勉強会で目にするもので、『染色体のテロメアを生活習慣によって大事にすると寿命が延びる』という主旨ですが、やはりここの経営者は分子栄養学を学んでいたのだ、ということを再確認しました。
そして、やっとできた彼氏。
太っていたころは見向きもしなかったのですが、男性は本当にゲンキンですね。。。
今の主人です。彼はカフェマニアということもあり、夜は毎晩のように行きつけのカフェに赴きご飯もしっかり三食食べるようになりました。
それまでセーブしていた食欲を全開モードにしてタン白質も脂質も食べたいだけ食べていました。
そんな訳で、今の主人と2007年5月頃に子どもを持つことの同意を得て、9月初旬には妊娠していることが分かりました。その間両親が倒れ、実家にいることも多かった中で・・・。もちろん運もよかったのでしょうが、なんとか孫の顔を見せてから送ってやりたいという執念のチカラも働いたのだと思います。
いまだに二人とも割と元気ですが(笑)